虚無と闘う大学院生

大学4年間を虚無と堕落で埋め尽くした大学院生が熱量を取り戻すまでを描いたブログ

没頭とは単なるモードであり再現することができる

没頭が最高の心だということは前の記事で述べた。

没頭というのは雑念が排除され、目の前の物事のみに精神が向かっている状態のことである。

このような精神の時、未来や過去へのネガティブな感情は消え去っており、目の前の物事のみに集中できているためその対象の魅力を最大限感じる準備ができていると言える。

だからこそ最高の心なのだ。

 

この没頭という最高の心は0秒思考によって高めることができることは以前書いた。

しかし0秒思考によってのみ高められるという認識は誤りだ。

 

没頭とはモードなのである。

それは目の前にある物事によって呼び起こされるものではなく、自らの心としてすでに準備されているものなのだ。

ということは、自ら意図的に没頭状態に入ることができるのだ。

 

0秒思考などによって没頭体験をすることができたら、それ以降は意図的に体験した没頭状態を再現しようと努めるのだ。

「〜〜な状態じゃないと没頭できない」という受動的な姿勢ではなく、「どんな状態でも没頭してやる」という能動的で雑念の排除された力みのない精神を持ってすれば没頭の再現は容易である。

 

そのためのコツとしては、視覚的な没頭を意図的に行うことである。

つまりガン見するということ。

最終的な没頭というのは視覚のみならず精神の没頭であるが、少なくとも視覚的に対象を捉え続ける姿勢をもてば、徐々に心の没頭も高まっていく。