虚無と闘う大学院生

大学4年間を虚無と堕落で埋め尽くした大学院生が熱量を取り戻すまでを描いたブログ

思考と格闘しないことの重要性

つまらない時人は何を考えるか.

 

早くこれを片付けないとやばい,という焦り.

他の人はこんなこと簡単にやっている,という他者との比較.

こんなことより遊びたいなぁ,という気の逸れ.

なぜつまらないのだろう,という原因究明.

何のためにやっているのか,という過度の目的意識.

俺のせいじゃなくてこのモノがつまらないんだ,という責任転嫁.

つまらないのは集中力が足りない自分が悪い,という自責.

 

様々だろう.

というかこれらの内複数,もしくは全部が同時に頭に浮かんでいることも多い.

 

しかし重要なことが一つある.

それは,どのような種類であれ思考に気を取られているからこそ目の前の物事の楽しさを見つけられない,ということだ.

よって例え明確な目的と高いモチベーションが手に入ったとしても,少しでも集中力が切れた時に自責してしまうような状態では,結局再び楽しくなくなるのだ.

しかも初めから明確な目的と高いモチベーションが生成されるわけがない.

つまり変に期待を抱いてはいけないのだ.

 

ではどうすればいいのか.

それはあらゆる思考を来て流れるままにしておいた上で,何でもいいから眼前の物事に意識を向けることである.

目的もモチベーションもつまらない原因探しも他者との比較も存在を認め,コントロールせずに眼前に意識を向けることだ.

当然distraction,つまり気の逸れは常時起きる.

あらゆる思考が邪魔してくることはよくあることだ,というマインドを持っておくことが大事なのだ.

全ての思考にまともに取り合うからこそ,思考もつけ上がるのだ.

「ボクって重要な思考なんだ」と自信を持たせてしまうのだ.

 

つまらない,という思考とまともに格闘してしまうから,それが事実になってしまうのだ.

他者と比較し落ち込んで行動できないが故に,事態が進展せず,悪い結果を招いてしまうのだ.

集中力が足りてない,という思考とまともに組み合うから,その思考が自分の中で大きな部分を占めてしまい,実際に集中できなくなるのだ.

 

なので俺も,今月は思考をあるがままにしておくことを習慣化することを目標の一つとしたい.